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「犠牲のシステム 福島・沖縄」「春を恨んだりはしない」2012/05/12

手に取る本もやはり震災や原発に関するものが多くなる。

高橋哲哉「犠牲のシステム 福島・沖縄」は差別の構造から犠牲のシステムがいかに作られ機能し日本の近現代を形作ってきたかを、福島と沖縄を通して福島に生まれ育った哲学者が読み解く。

「春を恨んだりはしない」の池澤夏樹は、副題に震災をめぐって考えたこととあるように、看取られることなく突然になくなったたくさんの、ひとりひとりの死のありようから語り始め、現場を訪れ揺れ動く気持ちを吐露するように綴られる。自身あとがきに「作家になって長いが、こんな風に本を書いたことはなかった」と書いている。また物理の徒として原子力の本質的な不可逆性、私たちの日常、原子レベルの世界と、その下の原子核と素粒子にかかわる世界の本質的な違いを語り、エネルギーの未来を考える。

語り口、切り口ははずいぶんと違うけれど、そうではないだろうかと感じていたようなこと、あるいは自分が立っている場所をわかりやすく示してくれる。ではこれからどうするのか、その気持ちや思いを後ろから支えてくれるような2冊だ。

「またやって来たからといって/春を恨んだりはしない/例年のように自分の義務を/果たしているからといって/春を責めたりはしない

わかっている わたしがいくら悲しくても/そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと

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ヴィスワヴァ・シンボルスカ「眺めとの別れ」から(沼野充義訳「終わりと始まり」未知谷

さよならTV2012/05/10

さよならTV

鳴り物入りの地上波デジタル化の大騒ぎに、天邪鬼の正しい対応として、昨年7月24日には砂嵐の画面を見る予定だった。

しかし総務省のお取り計らいでケーブルTVについては2015年3月まではわざわざデジタルをアナログに変換して送ってくれるということで、そのまま見ることができていた。

我が家のケーブルは東電の送電線による難視聴対策で無償で入れられたものなので、デジタル化で打ち切りになり、今後見続けるには月850円かかるという。払えない金額ではないがこんな機会でもなければ意志薄弱の天邪鬼にはTV離れもできそうにないので断った。

なかなか工事に来なかったがやっと今日ケーブルがはずされて10ヶ月遅れの砂嵐を見ることができた。これでつまらぬものに視覚を奪われなくてすむと一応自分に言い聞かせておく。

私は4本足のテレビがはじめてやってきてうやうやしく床の間に置かれたのを覚えている世代だから、およそ50年(10年くらい間が抜けているけれど)、まぁ何かといえば画面を眺めていたわけだ。なくなってどんな感じなのかというのがまだよくわからないでいる。

三木成夫の本2012/05/07

三木成夫の本

本を読んでも集中できない、活字を追っていても心ここにあらずでページを閉じてしまうような状態が続いていた。

連休の前あたりから、仕事の間があいたこともあるが少しづつ積んでおいた本を片付けている。

土曜日にデモから帰るとすぐ千石先生の「つながりあういのち」が届いて久しぶりに一気読み。聞き書きなので読みやすく、若い人にぜひ読んでほしい一冊だ。

画像は三木成夫さんの「生命形態学序説」(1992年うぶすな書院刊)と「胎児の世界」(1983年中公新書)。前者は亡くなって数年たって編まれた論文集なのだが、自身の描かれた魅力的な図版もあり、芸大で教えていたこともあって、作家の間でもバイブル視する人もいたほどである。私も当時借りてきてあかずに図版を眺めていた。

もう絶版だろうかと思っていたら、7刷を重ねているとわかって取り寄せた。「胎児の世界」は生前に出された数少ない著作の中でも一般向けに新書で刊行されたもの。

いずれも生物の発生とそこにこめられた宇宙的歴史とサイクルが、実際の植物や動物に即して語られる。それこそ宇宙的回転からDNAの二重螺旋もひとつにつながっていくのだ。そこにはゲーテや古今の絵画、彫刻、伊勢神宮から南の島の習俗までが引用される。間違えれば神秘主義に陥りかねないところを、解剖し観察しそこから考える目がしっかりと支えている。

胎児の成長が内包した生命の30億年のドラマは三木さんが繰り返し語った話で、誰でも聞いた記憶があるだろう。そう、「つながりあういのち」がそこにあり、それは簡単に人間がいじれるようなものではないはずだ。

最近話題に上がるバイオテクノロジーや生命倫理の問題はその専門性から判断保留になりがちだが、核の利用と同質の問題をはらんでいるだろう。既に農産物ではモンサント社など私企業による経済効率優先の生物改造が着々とすすんでいる。

たとえばこんな話もある。「体外受精児の問題」→http://d.hatena.ne.jp/KAYUKAWA/20120511

緑色のこいのぼり2012/05/06

東京タワーとこいのぼり

昨日の脱原発デモのシンボルは緑色のこいのぼり。五月晴れの空を気持ちよく泳いでいました。

東京タワーはすごい人。東京タワーをあきらめてデモにきた家族もいたそうです。子供づれの家族の参加も多く、観光バスに乗る人や歩道から手を振ってくれる人が少なくありません。あきらかに変わってきています。

元気付けに昨年震災で放送中止された九州新幹線全線開通のCM(カンヌ国際広告祭2011では、アウトドア部門で金賞、メディア部門で銀賞、フィルム部門で銅賞を受賞)のMusic Videoです。全画面表示でどうぞ。

Maia Hirasawa/Boom!

これもイルコモンズのふたから→ http://illcomm.exblog.jp/

原発全停止2012/05/04

明日、日本の全原発が停止する。

原発ゼロの日 さようなら原発5・5集会とデモ→http://sayonara-nukes.org/2012/04/55npp_zero/

5月6日「祝!原発ゼロパレード」→http://uzomuzo.com/

としても、燃料プールには使用済み、使用前の燃料棒が山のようにあり、また原子炉に装着済みで待機している燃料棒も多い。これらも冷却し続けなければならないのだ。

やるべきことは廃炉を安全に確実にすすめることで、地元の雇用も経済基盤も何十年もかかる廃炉工事期間に徐々に転換していく知恵を出し合うべきだろう。

なにより核廃棄物をできる限り確実に管理(処分はできないのだから)する技術を研究しさきがければこの分野で世界をリードできるだろう。

明日は芝公園に行ってみよう。そういえば東京タワーに上ったことがないんだな。

憲法記念日2012/05/03

憲法記念日です。憲法があって、いろんな法律があって、でも私は決まりごとなど少なければ少ないほど良いと思っている。

本当に必要なのはひとりひとりの思いなのだと。

「私はしあわせって言葉は嫌いなんだ。」

岡本太郎 「人間全体のために」

参照:イルコモンズのふた。→ http://illcomm.exblog.jp/

こども動物自然公園に行ってきました。2012/04/24

カピバラのかたまり

画像は小雨まじり、肌寒いあいにくの天気に固まったままのカピバラ団子です。

先日紹介したDVD「千石先生のいのちはみんなつながっている」を観に22日東松山のこども動物自然公園に出かけました。息子が小さかった時以来です。里山の地形をそのまま生かした自然公園に小動物中心の展示で心も和みます。

早めに出かけてゆっくり園内を散策して会場の森の学校へ。園長の日橋一昭さんとDVDの製作者で上映実行委員の間曽さちこさんの暴露話込みのトークから上映へ。

千石さんが元気な頃の画像も使っているのかと思ったら、いきなり病床でここもここも痛いんだと語るところから始まります。抗がん剤で脱毛した姿もそのままさらして、最後に行った西表島での撮影を中心に、フィールドで語り続ける千石先生。ちょっとべらんめえの語り口がなつかしい。被災地からのメディアの取材を受け被災した子ども達に語りかける姿も収録してあります。

タイトルの「いのちはみんなつながっている」とはどんな小さな種の動物も植物もつながっている、そのどれを欠いても地球の生き物のバランスは壊れる可能性があるということです。そんなに長くないDVDですが文字どおり「いのち」が共振するような映像でした。

間曽さちこさんとも少しお話しすることができました。DVDの販売や貸し出しはせずに二、三十人集まるような機会があれば出前上映会をやっていくということです。問合せは→株式会社かなんへ http://www.canaan-chigasaki.com/

合津真治彫刻展なのだ。2012/04/21

合津真治彫刻展

今日は青梅で開催中、合津真治彫刻展なのだ。工房の先輩であります。って、会えば馬鹿と悪口しか言わないので書きようもないのだ。

でも密度のある鑿足(のみあし)が美しすぎなのだ。

のだのだってどこかのぶよぶよの首相ではない野田。ついでに青梅赤塚不二夫会館に行って来たのだよ~~~ん!なのだ!やっぱり赤塚不二夫は俺と名字が同じで天才なのだ!

合津真治彫刻展→ http://blogs.yahoo.co.jp/k_i_a_r_i/30446016.html 29日までやってるからみんな行くべし!

「つながりあういのち」千石正一2012/04/19

千石正一「つながりあういのち」

昨日の新聞で「千石先生のいのちはみんなつながっている」というDVDが、第53回科学技術映像祭で自然・暮らし部門の部門優秀賞を受賞したことを知りました。

今日科学技術映像祭で上映会があるようですが、埼玉では22日にこども動物自然公園で上映会があるようです。→ http://www.pref.saitama.lg.jp/news/page/news120418-03.html 行ってきました。→http://dek.asablo.jp/blog/2012/04/24/6424574

それから遺作となる病をえてから書かれた「つながりあういのち」が出版されたそうです。

紹介ページの著者からのメッセージや目次を見るだけでも心惹かれます。

「俺は、自分がガンで死ぬのはどうってことないと思っている。いや、どうってことないことはないな、本当は死ぬのは嫌だ。嫌に決まっている。死ぬのが嫌なのは、生き物としてあたりまえのことだから、ぜんぜん恥ずかしくなんかないよ。自分が死ぬのは、個体としての死なのだから、「しょうがねぇなぁ」という気がしているんだ。でも、他の生き物が意味もなく絶滅してしまったり、人間のエゴで地球そのものが死んでしまうような事態には、がまんがならないんだ。もっと、みんな「いのちについて」考えるべきなんだ。

この本では、俺がこれまで生き物のいのちについて考えてきたこと、自分の死を見つめて新たに考えはじめたことについて話してみた。なにしろ、入退院を繰り返し、抗ガン剤で体調は最悪、ときには心肺停止から回復した状況のなかで話を進めたので、筋道があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりしてるかもしれないが、そこはどうぞご勘弁を。

でも、話は飛んでも、俺が一貫して考えていることにはブレはない。そこを汲み取ってもらえればと願っている。

そしてこの本が、ひとりでも多くの人に、いのちについて、地球について考えるきっかけとなれば、俺は本当にうれしいんだ。

(「はじめに」より)

3月だけれどまた死刑が執行されてしまった2012/04/17

公開された刑場

3月29日「私は職責を果たすべきと考え、死刑を執行した」こう言って小川敏夫法相は3名の死刑囚の刑を執行したことを発表した。その会見に自分が3人の命を奪ったのだという何の重みも感じられない。背筋が寒くなる。

まるで震災から1年の経過を待っていたかのようなこの時期に、言うに事欠いて「犯罪に対してどのような刑罰で臨むかは、国民が決めること」「内閣府の調査でも多くの国民が死刑を支持している」などと国民にげたを預けて、死刑制度への議論や、国際的な異論などどこにもないかのごとくである。

死刑制度への疑問を呈すると、最近必ず出てくるのが「被害者遺族のことは考えているのか」というような言葉だ。

これについて語った森達也さんの「リアル共同幻想論」から2編をリンクしておく。

“殺された被害者の人権はどうなる?”このフレーズには決定的な錯誤がある

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書いた人に訊きたい