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九州国立博物館2007/08/10

九州縦断から、まずは最後に行った九州国立博物館。帰りの便まで時間もあって前から一度行きたかったので足を伸ばす。天神から西鉄で30分もかからない。天満宮の参道と境内を抜けて山のふもとからエスカレーターに乗る。なんだか熱海のMOA美術館を思い出す導入部。ん~もう少し考えられぬものか。と、外に出ると写真のガラス張りの巨大な波打つオブジェが緑に囲まれて横たわる。(ガラス張り?波打つ?どっかにもあるよな。はやりなのかこれは)

吹き抜けのエントランスからまたエスカレーターを上がり、まずは3Fの特別展「日本のやきもの」を見る。縄文から現代にいたるやきものの精華が一同に会して見ごたえがある。ただ近現代になると突き詰めた技の冴えのようなものは見えても「モノ」としては迫ってこない。浜田庄司の面取の壺がかろうじて救ってくれる。もう少し縄文草創期くらいからの展示があればやきものの世界からつくることの始原へ迫ることができるのだが。

4Fの「文化交流展示室」へ。百年ぶりの4館目の新設国立博物館として鳴り物入りで開館したこの博物館の常設展示。文化交流というのも大陸、半島、そしてヨーロッパに開かれた九州という立地を意識した命名である。そして展示方法もこれまでにないものをと工夫したのだろうが、これが完全に裏目にでている。落ち着いて見ればその着眼点も展示されたものも充実したものに違いないが、落ち着いて見れないのである。

よくある順路はなく、中央のオープンスペースの博覧会のような展示から周囲のテーマをしぼった展示に導入するように配置されている。たしかにヒトと時代とモノと、それは好奇心だらけの少年の宝箱をぶちまけたようなものだが、かなうことならその素材を整理すると見えてくる発見を体験したいのである。 そのためにはもう少しはっきりとした切り口で展示を整理しなければ、いろんなものがあるんだね~って感心して終わりじゃもったいない。少なくとも東博や京博や奈良博の常設展示室のようにくたびれた脳みそを再生するためにいつ行っても何度行っても、いつまでそこにいてもいいというものとは違う代物だ。

途中で頭がくらくらしてきたのは、展示方法のせいか、こった暗い照明のせいか、度が合わなくなってきた眼鏡のせいか、それとも前夜兄の家で深酒したせいか(笑)。