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死刑・冤罪・裁判員制度 22009/06/25

週刊金曜日6月12日号記事

都合で参加できなかったが先週20日に第2回の冤罪「福岡事件」の再審を求めるシンポジウムが5月16日に引き続いて専修大学で開かれた。

福岡事件についてはもう何度も書いたので繰り返さないが、この冤罪事件は1947年に発生、旧刑訴法下の拷問による取調べ、戦勝国側である中国人の圧力下での裁判によるものだが、度重なる再審請求に対して1975年法務大臣は石井死刑囚の無期減刑、西死刑囚の死刑執行で答えた。(福岡事件ファイル福岡事件

これには私をはじめこの運動にかかわった者はいきなり後ろから頭を殴られたようなショックを受けた。1962年冤罪を確信した教戒師古川泰龍師が法務大臣に直接冤罪を訴えたとき二人の死刑執行の決裁書は既に大臣の手にあったという。それから13年後の答えはあまりにも救いのないものだった。1989年石井さん仮釈放(拘禁期間42年!)、2000年冤罪を40年訴え続けた古川泰龍師死去。

しかし後を継いだ古川師のご家族とともに若い学生たち、法律家が改めて再審請求運動を展開している。上記のシンポジウムもその一環である。石井さんも昨年なくなって直接の当事者がいなくなったが、足利事件に見られるように自白偏重の取調べとそれを追認する司法の体質は何も変わっておらず、その再審運動の原点としての福岡事件を風化させるわけにはいかないのだ。

裁判員制度が始まった今、それが検察のシナリオやセンセーショナルな報道に取り込まれるものであってはならない。取調べの可視化、証拠の完全な保全と開示、裁判員経験の共有が最低限の条件だろう。しかし現実にはそれは満たされていない。また再審の扉も重い。

もちろん冤罪と死刑は別に語らなければいけないのだが、冤罪による死刑は最も悲惨であり取り返しのつかないものだ。足利事件をはじめ冤罪の構造がそこにあるという認識は共有されつつあるし、不完全な裁判員制度の実施で誰もがそれを考えざるおえなくなっている。

まず冤罪による刑死という社会的殺人を防ぐ手立てとして死刑執行を一時停止するということはそんなに無理な話なのだろうか。お隣の韓国は10年間の執行停止をへて死刑廃止国として世界に認知された。それと17日の辺見庸さんの寄稿と同じ見開きに第三者による裁判審査会の創設を訴えた投書があったが、最近二階不正献金問題で話題になった検察審査会があるように裁判審査会があって当然ともいえる。それができるのはやはり政治の力であり政治への働きかけが不可欠だろう。今の茶番国会が終わったあとの次期政権が聞く耳を持つような政権であることを祈る。

画像は週間金曜日6月12日号に掲載された鎌田慧さんによる福岡事件と古川さん一家についての記事。

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