WWW を検索 ブログ内検索

また那須へ行ってきました2012/12/01


 犬猫みなしご救援隊栃木拠点もあと一週間で広島にお引越しということで(施設は拠点として残すとのこと)、前回は私一人だったので今回はhidekoと一緒に再訪しました。朝8時着、犬たちの朝のごはん、水かえ、ショートラン、ロングラン、排泄物の回収、ケージの掃除。

 ここにはつながれた犬、動物はいません。狭くてもいいから自由にさせるというのが基本なのです。

 ここに来て実感するのは、これだけの言葉は悪いけれど寄せ集めの犬たち、超過密の猫たちも安心しているように見えること。もちろん犬たちはほえるし、犬同士相性が悪いこともあるけれど、リードもない犬たちの中にいても怖いと感じることはあまりない。これってその中に入ってみないとわからないかもしれません。すごく新鮮な感覚。うまく言えないけれど人が動物を飼っているのではなく一緒にいるという感じ。家で飼っていて家族の一員というのともちょっと違う。

 これをやりきっている代表の中谷百合さんはじめスタッフはすごいし、だからボランティアも気持ちよく手伝えるし、応援したくなるのだろう。

 なんていってるうちにいきなり吹雪。早々に退散。一路次の目的地、足利市立美術館に向かいました。

 前回の「那須へ行ってきました」 預っていた「福島のミルくん」

 おまけ画像、おなじみ ゆき と こゆき です。こゆきはどんどん大きくなっています。


「画廊の系譜」展2012/12/02


淺川邦夫さんat足利市立美術館


 足利市立美術館「画廊の系譜-淺川コレクションと1960~80年代日本の美術-」を見る。12月24日まで。

 浅川邦夫さんの画廊春秋は美学校と縁が深かった。私自身は発表しなかったが70年代半ばから人の展覧会にかこつけては通っていた。浅川さんの50年代からの蓄積とサロン的雰囲気が独特だった。いろんな人と出会い、酔った。

 今回の展覧会はその浅川さんの長い画廊生活の中で手元に残った作品を展示している。これだけ流れとして概観できるような作品群は貴重で、ひとりの貫かれた画廊主の目つきがそこにある。また戦後の美術を画廊という切り口で問う試みもおもしろい。様々な表現があったとして画廊の存在抜きには私たちはそれを共有できなかったのだから。図録の巻末に10人ほどの画廊関係者と批評家へのインタビューもある。

 ちょうど浅川さんのギャラリートーク(画像)の日で途中からだけれど画廊人としての作家との関係や視線を聞くことができた。敗戦時にもう成人であった作家の持つ浅川さんの表現を借りると「ウェット」な作品と、大体敗戦時に十代であった作家たちの「カラカラ」した作品。たぶんそれはすべてがひっくり返った敗戦を体験しての前のめりの確信があって、言葉にすると「これでもか」「これならどうだ」といった感じか。それに対する「これでいいのだ」という肯定感もあるが、それもこれも資本と欲望の装置に回収されて突き進んでしまった。

 そして今に至ってみると「それでどうするの?」というのが一番正直な感慨なのかもしれない。そこからは大きな物語や声ではなく一人一人から「こうしようと思う」「こうしたらどうだろう」というところからはじめることしかないだろうと思う。

 24日に浅川さんから丁寧な礼状をいただいた、恐縮。何よりのクリスマスカードです。(12月26日追記)

 美術館のリンクはすぐ切れるだろうからHPから案内を引いておく。
-------------------------------------------------------
 戦後の日本美術を考える上で、画廊の存在はきわめて重要なものであり、美術家と画廊との関わりを通して、多くの名作が生まれてきました。中でも「南画廊」(1956-1979年)は、1950〜70年代の美術にとって、なくてはならない存在として知られています。

 浅川邦夫(1932年- )は、「南画廊」の開廊当初からその運営に関わった後、東京・銀座にて「画廊春秋」(1968年-2003年)を経営し、長年の活動を通じて多数の作品を蒐集するにいたりました。足利市立美術館では、これらの作品の内、絵画、彫刻、写真をはじめとする700点あまりの寄託を受け、「浅川コレクション」と名付けて収蔵しています。本展では、その中から1960〜80年代の作品を中心にした約90点を展示いたします。

 これらの作品には、浅川と美術家との濃密な関わりの中で制作され、「南画廊」あるいは「画廊春秋」という場を通して世に出たものが多く含まれています。そこには、画廊自体があたかもギャラリストの分身であるかのような強い個性をおび、そうした場で美術家が歴史の一端をつくっていった、当時の美術のあり方を見て取ることができるでしょう。

 出品作家
靉嘔/秋山祐徳太子/阿部浩/新井リコ/池田龍雄/池田満寿夫/今泉省彦/今井俊満/瑛九/遠藤昭/オノサト・トシノブ/小野忠弘/貝野澤章/加納光於/菊畑茂久馬/工藤哲巳/駒井哲郎/桜井孝身/篠原有司男/清水晃/澄川喜一/瀧口修造/田中繁一/谷川晃一/玉征夫/堂本尚郎/中西夏之/中根明貴子/鍋田庸男/難波田龍起/藤松博/細江英公/三木富雄/宮迫千鶴/森田玖吾/山口長男/吉野辰海(五十音順、敬称略)
-------------------------------------------------------

白水工房2012/12/04


 それにしても自分の遅筆ぶりにあきれてしまう。いまごろ先週のことを書いている。まぁ、400字の原稿を頼まれて一週間かかったこともあるのでこれはしようがない。でこれは明日が最終日だということなので。

 先日、工房関係の名簿の異同を確認していて、そういえば宮崎に帰った瀧本君はどうしているだろうと思って検索してみると、ちょうど1日から窯開きの展示会を開くところだった。なんというタイミングのよさ。
早速電話をすると築窯して2度目の窯開きとのこと。おめでとう。

 瀧本徳郎/白水工房のホームページ

 田舎に行くと土地も空気も空も水も食べ物もあるのだけれど現金収入、金がないのだ。これは田舎に行くとよくわかる。子どももいる。これは大変なのだ。といって何ができるわけでもないけれど応援するよ!

 下の画像は彼がメキシコに行く前にいただいた湯のみ。ずっとこれで焼酎のお湯割りを飲んでいる。



ハーモニカがほしかったんだよ2012/12/10

夕食の前に小沢昭一さんの訃報を新聞で読みながら「ハーモニカがほしかったんだよう どうしてかどうしても・・・」と口ずさんでいたら涙がこぼれた。youtubeで「ハーモニカブルース」を見つけて聞いてまた泣いた。

小沢昭一さん自身の挿話から谷川俊太郎が作詞、 補作詞:小沢昭一 作曲:小沢昭一 補作曲:山本直純。1973年コロムビア。

私が東京に出てきて1年くらいか。まだ十代だった。いろんなものが重なっている。

合掌

古川泰龍回顧展2012/12/14

古川泰龍回顧展
 もう始まっておりますが。ぜひお運びください。

どうする?2012/12/16

昨日は姪のerikaの結婚式、久しぶりの都心しかも地上13階の結婚式場。兄が他界していることもあって私も胸が熱くなるところがある。いい結婚式でした。お幸せに。

母も上京してきて昨日は私のいとこ、母の姪である三姉妹にもあって気持ちも昂ぶっているでしょう。今日は母を送って熊本に帰省です。

選挙はもうとっくに行ってきました。死に票にならないことを祈るばかり。小選挙区ではあるていど結果が見えてしまうのが怖い。

どうなる?2012/12/20

スタディーモデル

バランス感覚に優れたわが国の民草は賢明なる選択をしたのか、自民党に票を投じたのは全有権者の4分の1に過ぎない。しかし小選挙区制ではこんなことに。

少し考えたいけれど九州から帰ってくると年末で仕事がぎっちり。こんな仕事もしています。アクリル板で作ったある展示施設のスタディーモデル。

ちょっとばたばたです。

アンプラグドで行こう 42012/12/22

石油ストーブ

 これも化石燃料は使っているのだが、まぁプラグはつながっていない。反射式の開放型石油ストーブ。これの良いところは上でお湯が沸かせて乾燥しないし、煮炊きもできる。もちろん電気はいらない。窓もサッシではなく木枠のガラス戸だから自然換気で結露もない。

 わが家の暖房器具はこれがメインであとは35年以上使っているヒーターを一度交換したコタツくらいである。ストーブで沸かしたお湯は寝る前に保温ポットと湯たんぽに満たす。朝は湯たんぽのお湯で顔を洗う。

湯たんぽ

 この湯たんぽはもともと赤ん坊用らしいがhidekoが長年愛用しているもの。以前は電気あんかを使っていたがこれでアンプラグド。先日八十八の母が泊まった時にこれを使ってもらったらその自然な温かさに感激して家でも使いたいという。熊本で何軒か探したが見つからないので通販で送り届けたところだ。

癩院記録―国立ハンセン病資料館2012/12/26


「癩院記録」図録

 ずっと気になっていて、調べると27日までだというので仕事をちょっとさぼって多摩全生園の国立ハンセン病資料館「癩院記録-北條民雄が書いた絶対隔離化の療養所」を見に出かけた。

 北條民雄は十代で発病、全生園に収容後創作をはじめ川端康成に見出されながら1937年24歳で結核に倒れた。その随筆「癩院記録」「続癩院記録」をストーリーにした展示である。

 常設展も充実したもので私たちの社会が生み出した差別と排除、隔離の歴史が概観できる。「らい予防法」が廃止されたのが1996年、国家賠償請求訴訟で原告勝訴が確定したのが2001年。そういえば「北海道旧土人保護法」の廃止が1997年だ。「どじん」と入力しても漢字は表示されない。そうやって差別語だと隠したところで、差別や排除はまだそこここに巣くっている。

国立ハンセン病資料館

 何度も取り上げている福岡事件とハンセン病療養所にはすこしつながりがある。死刑囚の西武雄さんは同じ絶対隔離の身であるハンセン病患者に共感し、獄中で書いた仏画を売った金で梵鐘を鹿児島県鹿屋市にあるハンセン病療養所星塚敬愛園に送っている。

 このことを含め福岡事件再審運動を支援していただいている八尋光秀弁護士の講演の記録があるのでリンクしておく。「福岡事件 講演原稿」 於:08年6月14日東京YMCA青少年センター

多摩全生園の桜並木

 資料館の横に見事な桜の巨木の並木があった。館の受付の方に聞くとこの桜並木は有名で花の頃はすばらしくぜひお出かけくださいとのこと。

また九州です2012/12/30

今回は福岡で新年を迎え、熊本、福岡と一週間ほどまいります。

福岡ではなんと44年ぶりに中学校の学年の同窓会が開かれます。どのくらいの出席があるのか、個体識別!が可能なのか、顔も名前も霞の向こう。卒業後会っているのは4人くらいしかいないし。変な気分ですが楽しみです。

というわけで、行ってまいります。みなさまよいお年を。