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版築のサンプル2012/10/05

版築の壁仕上げサンプル

タタキ棒を取りにきたitaさんが見せてくれた版築の壁のサンプルです。

施工の様子がイタログに出ています。⇒ http://italohdesign.seesaa.net/article/297189667.html

版築のタタキ棒2012/10/04

版築タタキ棒

久しぶりにitaさんからの依頼。

版築のタタキ棒。版築とは2枚のせき板の間に土をつき固めて壁や基礎を作るもの。詳しくは検索してウィキペディアでもご覧ください。

ウィキペディアでも紹介してあるけど法隆寺の土塀が有名。韓国でも見たけれど奈良あたりでは瓦を装飾的に小口を見せて積み込んだ壁も見かける。あれも版築のバリエーションだろうか。

今回は内壁に使うらしく、薄く仕上げるので小さくて重みのある鉄製のタタキ棒をということらしい。大小二種、使い勝手を見るために柄の長さを変えられるようにしてある。

ワイヤーワークの作り方2012/10/01

ワイヤーワークの作り方

たいていの人はこの仕事を見るとまずどうやって作るのですかと聞かれる。...ので簡単に制作工程を。

画像左上から下へ 1.鉄筋用の曲げ板と手製の曲げ棒で曲げる 2.万力を使って曲げる 3.油圧カッターで切断

右上から下へ 4.原寸図に合わせて曲げる 5.溶接してつないでいく 6.曲げて切断して溶接しての繰り返し

あとは溶接箇所などを削って仕上げて、取付用のアームやフランジを溶接してから塗装にまわします。

大体赤らめて曲げるのかと聞かれるのですが、バーナーであぶったりしているといちいち冷まさなければ、原寸図に合わせたり他の処理ができません。燃料も点火の手間も馬鹿になりません。赤らめればアメのように曲げることができますが、ここは力技で、といってもけっこう微妙な手わざなのです。

大鋸(おが)2005/10/29

大鋸(おが)

以前依頼されて作った大鋸(おが)のレプリカです。刃と反対側の綱を絞ってテンションを張り、二人で両側から交互に引きます。刃は中央から両側に振り分けるようについています。長さは2メートルほどのものです。参考 財団法人 竹中大工道具館

楔(くさび)2005/10/29

楔(くさび)

道具について調べてみても楔(くさび)について書かれたものはほとんどない。「石山寺縁起絵巻」にノミを打ち込んで角材を割るところが描かれているくらいである。しかし、これほど力学的にも単純で有効な道具はない。写真は川越の骨董市で見つけたものでそんなに古いものではないが、使い込まれ頭が割れ、縦に入った裂け目が鍛冶屋が鍛えた跡を教えてくれるし、矢羽様の素朴な線刻に村の鍛冶屋の心意気が見えるようで嬉しくなる。おそらくは普通に薪割りに使ったものだろうが。

昔、木を切り出してもそれを縦に切る道具はなかった。鋸はあっても縦に挽くものではなかった。やっとオガ(大鋸)と呼ばれる縦挽きの鋸があらわれたのは室町時代だ。それまでは目にそって楔を入れて割っていた。鎌倉以前の木造物はそうやって柱を、板を割り出し作られた。そのことが木に素直な無理のない使い方で、世界にも例をみない歴史的な木造建築群を遺したのだ。

今でも、石切り場で切り出した荒石を必要な大きさに整えていくのには矢と呼ばれる鉄の楔が使われる。Vの字に彫った穴に長さ4センチほどの鉄の楔を打ち込んで割っていく。奈良の飛鳥には鬼のまな板と言われる石があるが、これには大きな矢穴があって割ろうとした痕跡がある。こういう大きな矢穴は樫の木で作った矢を使う。水を注ぎ木が膨張する力を使って割ったという人もいるがこれはわからない。また水が凍って膨張する力を使ったという話も聞いたことがある。まあ昔の人のそういう知恵は私達の想像を越えるところがあるが、矢を入れた石に水をかけるとその浸透圧で割れやすくなるのも確かで、馬鹿にできないどころか実に合理的だったりする。

工具が発達すると石を割るにも、ドリル(削岩機)で穴をあけ、これに金物を差し込み、長い楔(セリ矢)を打って割る。これは便利なのだが、結構乱暴(野蛮と言ってもよい)な方法である。昔のように木の楔や、小さな鉄の楔で石を割るには石の割れる方向(石理)が読めなければ役に立たないどころか、道具をつぶすのがおちだ。つまり木を割るのと同じように素直な逆らわないもの造りができた。

道具が発達すればするほど誰にでも同じ「ような」仕事はできるようになったが、それは同時に石の目も、木のねじれも無視することだった。それをみんな文明の進歩と呼んだ。

研ぐ2005/07/10

研ぎ場(流し)

すべて自前で仕事をしていると、依頼された仕事は基本的にほとんど引き受ける。今は鉄を使った仕事と、木の材料の加工、今週からは石の仕事も始まる。これが実は絶対一緒にしてはいけない仕事なのだ。少なくとも木の近くで鉄を削ったり石を彫ったりはできない。なるべく一緒にならないように材料も保管するが長い間にはチリも降り積もる。コナラの荒板から材料を取って鉋をかけていたら鉄粉か、石がついていたようで一発で筋が出た。鉋の刃は小さく欠けても筋がつくので研ぎなおすしかない。

写真はアトリエの流しで、板を渡すと研ぎ場に変身する。右側の小さいのが前に書いた40年物の鉋。奥の砥石は天然の仕上砥と黒名倉。これが過ぎると道楽になる(もう十分道楽?)。

研ぐときは指先に神経を集中して砥石とのアタリを見るのだが、研ぐときの音、砥石の上に表れる色や、刃を引いた時に残る跡なども重要な要素だ。ざらざらした音で黒い色がでる時はやわらかい地金のほうにあたっているので刃が鋭角になってしまう。刃先の焼きの入った鋼(はがね)の方が硬いので減りにくい。気持ちを少し刃先のほうに持っていく。あとは何も考えずに往復運動。そのたびに刃が生まれ変わる。結構気持ちいいのです。

小さな鉋2005/06/05

手元に一丁の鉋(かんな)がある。小振りの鉋で重宝する。実はこの鉋、小学生の頃工作好きだった私に父が買ってくれたものである。銘はなんと文部省指定「工作館」。他にも鋸(のこ)などもあったはずだがこの鉋だけが残った。40年物しかもこども向けだがきちんと研げば立派に使える。なまくらな刃でもない。

ホームセンターで替え刃式つまり使い捨ての鑿(のみ)を見て驚いたのはずいぶん前だったと思うが、およそ日本の刃物はその切れ味とねばりにおいてカッターナイフの比ではない。ただ買ってきたものをそのまま使えるものではなく刃をつけるために裏押しをして糸裏をつけてとめんどくさい。研ぎも簡単にできるようにはならない。時間がかかるのである。

でもこの鉋、こども向けとは言えきちんと使える道具であるところがうれしい。昭和三十年代だからこども用に作ったのではなく、たぶん銘だけを打ち変えて工作用として販売したのだろう。 私の使っている道具最古参で、たぶん一生もの。

そう思うと今身の回りにあるものたちの短命さが気になる。