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「この世界の片隅で」を見る2017/01/23

先日、川越スカラ座で「この世界の片隅で」を見た。アニメだからできる「絵」としての画像と全体を貫くリアリティが素晴らしい。全てを奪っていく戦争。そして傷つきながらも生きるものというか生き残ったものの希望を予感させてくれる。

 

ここに描かれる生活を実感を持って見られるのは私くらいの年代までだろうか。なにしろ主人公のすずさんは私の母の一つ下になるらしいから。私はもちろん生まれてもいないが、小学生くらいまではまだ街に行けば傷痍軍人がそこかしこにいたし、戦争の影が少しは感じられた。

 

熊本にも何度か空襲はあって、市街地面積の30%が焼け、 被災者4万7598人、死者617人、負傷1,317人、行方不明13人と記録される。叔母、母の妹が編隊を離れたグラマンにあぜ道で機銃掃射を受けすんでのところで難を逃れたと話してくれたのはそんなに昔ではない。母は雲仙岳の向こうに長崎のきのこ雲を見たという。昨年の秋からは帰省の折はボイスレコーダーを持って行くようにしている。少しずつ母の話を聞いておこうと思っているからだ。

「三池」終わらない炭鉱(やま)の物語2012/11/07

 ある映画の情報を探そうとポレポレ東中野のホームページを見ていたら熊谷博子監督の「三池」終わらない炭鉱(やま)の物語が1週間だけアンコール上映されている。6年前に見そびれていてこれは行かぬわけにはいかない。

三池-終わらない炭鉱(やま)の物語

 前後の脈絡もなく眼に焼きついた風景というか情景というものがある。1959年から60年にかけて父が熊本の北辺、福岡県大牟田市に隣接する荒尾市に単身赴任していたことがある。まだ5歳か6歳だった私の目に焼きついているのは高架の単線の鉄路を渡っていくトロッコの列だ。逆光でシルエットで見たような気がするのだが、荒尾は大牟田の南なので逆光というのは私が勝手に作り上げた記憶かもしれない。

 まさに総資本対総労働といわれた三井三池争議の時期だったが幼稚園児の知る由もない。それでも父が買ってきた土門拳の「筑豊のこどもたち」は衝撃的だった。意識して見たのは小学生になってからだろうけどザラ紙に刷られた100円の写真集はこれも私の眼に焼きついている。また家の座敷には三池の組合が資金源として作っていたサルスベリの太く大きなパイプがおいてあった。

土門拳「筑豊のこどもたち」

 映画ではその三池炭鉱の歴史を丁寧にたどっていく。そこには戦争、国家、資源、資本、労働運動、差別といわば近代の負の縮図があぶりだされる。救われるのは現場にいた(いる)人たちに寄り添っていくようなインタビューが図式的な対立を超えた言葉では表しがたい人間の力を見せてくれるからだ。1963年の458人の死者と一酸化炭素中毒患者839人を出した炭塵爆発事故などを経て三池炭鉱は1997年に閉山した。CO中毒患者と家族は今も苦しんでいる。それでも生き抜いてきたお母ちゃんたちの姿がまぶしい。

 私が社会的な問題を意識するようになったときには水俣病やベトナム戦争が目の前にあって、福岡事件の再審運動にかかわっていても三池はすぐ隣だったにもかかわらず、上野英信さんの筑豊の本や菊畑茂久馬さんを通じて山本作兵衛さんの絵を知るくらいでなんとなく炭鉱のことは私の頭の中では霞がかかっていた。

 映画の中に生活のために第二組合を設立する、つまりスト破りの話が語られるが、私の父はレッドパージを潜り抜けて組合上がりで管理職になっていたのでそれなりの葛藤があったのだろうと思う。三井三池のことは他人事ではなかったのかもしれない。そのへんの事を今になって父に聞いてみたいと思うがそれもかなわない。

 それでもこの映画を見て私の頭の中の霞はだいぶ晴れた。近代が近代であるためにいかなるエネルギーを喰らってきたのか、エネルギーの確保と転換の国策、そこにある差別と棄民の構造が水俣にも沖縄にも福島にも通底すること。それはそのまま現在の非正規労働者や、貧困の問題であり原発の下請け労働者の問題でもある。そして3.11の後の世界の何を見なければならないのか、何を選び取るのか、どんな道を進むのかそのベクトルを示している。

 私は今現在の時代の前景をひとつの炭鉱を切り口に見せてくれるこの映画をぜひ皆さんにも見てほしいと思う。神奈川、大阪、広島、福島と上映が続くそうです。

 上映後、熊谷監督と鎌田慧さんのトークがあり、上映会を訪ねてきた行き場なく福島第1原発の下請けに入ったものの解雇された若者の話、与論島から三池に入った人たちへの差別など炭鉱(やま)の物語が今につながることをあらためて思う。それから20人ほどで監督と鎌田さんを囲んでお茶会があり、中には実際に三池で落盤にあったという人もいて密度の濃い時間を過ごすことができた。いまだこの国の地下には300年くらいはエネルギーをまかなえる量の石炭が眠っているそうだ。

「千石先生のいのちはみんなつながっている」上映会2012/09/03

千石先生のいのちはみんなつながっている

前に紹介した「千石先生のいのちはみんなつながっている」の上映があります。

第3回国際科学映像祭のサイエンスフィルムカフェ&ワークショップ2012のプログラムで9月15日(土)に上映されるそうです。→ http://image.sci-fest.net/ja/film.html 15時から、場所は竹橋の科学技術館です。 http://www.jsf.or.jp/ 

申込方法:参加プログラム名毎に、参加者氏名、年齢(2名まで)、E-mailを明記の上 filmfest@jsf.or.jp  にお送りください。

申込締切:2012年9月9日(日) 17:00 申込多数の場合は抽選のうえ、E-mailにて参加通知を送付します。

今週末で締切です。いらっしゃる方はお早めに。

シェーナウの想い~自然エネルギー社会を子どもたちに~2012/07/22

シェーナウの想い

先に御案内した「内部被ばくを生き抜く」自主上映会は、午前午後とも満席で無事終了しました。ありがとうございました。

「内部被ばくを生き抜く」はドキュメンタリーというより、否応なく放射性物質と付き合っていかざるおえない状況の中での啓蒙映画と言った方がいいかもしれない。

聞くともう何度か鎌仲ひとみ監督の映画を見たことがあるという人が少なくない。つまり大体同じ方向の意識を持っているということだろう。やはりそのもうひとつ外側に向けた言葉を獲得しなければと思う。

同時上映の「シェーナウの想い」が面白かった。ドイツの人口2500人の小さな町シェーナウの人々がチェリノブイリ原発事故をきっかけに子どもたちのために安全なエネルギーをと立ち上がり、電力網を買い取り自らの電力供給会社をつくり上げる話だ。

そこには10年以上の苦闘が納められているのだが、面白いのはその小さな自治体、13人の市議会議員が平場で市民に取り囲まれて会議をする。住民投票の動議が出されるとその場で採決。そして市民はあらゆる手を尽くし、考え出し運動する。

ヨーロッパでは数千人規模が自治体の最小単位というところが少なくない。たぶん声の通る大きさとして自治の適正な規模なのだろう。それでも市民、住民からどう社会にかかわっていくのか学ぶべきところは多い。

「内部被ばくを生き抜く」はDVD購入で上映会(有料)ができる。

「シェーナウの想い」はDVD無償貸し出し上映会(無料)ができる。

youtube予告編→http://www.youtube.com/watch?v=KD_2CAAA9gs

「内部被ばくを生き抜く」上映会の御案内2012/07/09

 あらためて書きますと宿題が2つくらいたまっているけど、今日は上映会の御案内。hidekoさんと仲間たちによる「内部被ばくを生き抜く」自主上映会です。

 先日紹介した「ミツバチの羽音と地球の回転」の鎌仲ひとみ監督最新作です。内部被ばくという言葉は聞いても、なかなか現実のものとしては感じられません。放出された放射性物質とその影響をどうとらえ、考え、向き合えばよいのか4人の医師に問いかけ、最前線で格闘する人々の声に耳を傾けたものです。

 おまけの同時上映シェーナウの想いは、自然エネルギー社会を子どもたちに残すために、村の住民が電力供給会社を作ってしまった、というドイツのドキュメンタリーです。

内部被ばくを生き抜く

内部被ばくを生き抜く

 午前の部はもう席がないそうです。午後の部、ご希望の方は黄色いチラシ最下部の轟さんまでお問合せください。電話予約で前売り扱いになります。

 チラシの画像をクリックすると拡大して見られます。どうぞよろしく。

「ミツバチの羽音と地球の回転」2011/08/07

観そびれていた鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」を川越で観る。「ヒバクシャ 世界の終わりに」「六ヶ所村ラプソディー」に続くドキュメンタリーだが、今回はエネルギーシフトに軸足を置いた作品だ。

このブログでもふれてきた上関原発に反対し続ける祝島の人々の戦いと自足する島への試みを描きながら、脱原発そして脱化石燃料を宣言して再生可能エネルギーに取り組むスウェーデンの試み、というより実践の姿を重ねる。

エネルギーを考え直そうと思っている人にはぜひ観てほしい。電力自由化の必然性、多様なエネルギー源の可能性などが分かりやすく語られている。

一方で前にも取り上げた埋め立てのためのブイの設置を阻止しようとした祝島の漁民たちに投げかけられた中国電力職員の「このままで本当に農業とか第一次産業だけで祝島が良くなるとお考えですか?」 という言葉が、日本のこれまでのエネルギー政策の差別性を明かしている。

会場は3回上映にもかかわらず満席で、関心の高さを表している。 ただ、描かれる祝島の生活にはユーモラスな場面もあり会場の笑いを誘うのだが、中国電力と対峙する場面での島民たちのぎりぎりの叫びにも笑いがおこるのには違和感を持った。私たちはまだ半分は中国電力の側に否応なく立たされているのだという自覚は失いたくない。

鎌仲監督の作品は「ヒバクシャ」は未見だが「六ヶ所村ラプソディー」(ブログには取り上げ損ねた)にしても声高に語るのではなく抑制の効いた描き方が観るものに響いてくる。ただ「六ヶ所-」の上映会の時もそうだったが御本人のトークになるとストレートで、福島のメルトスルーがすでに地下に達しているなど、可能性は語られてもまだ確定できないことを、断定的に語ったりするのは残念。

これまで地道に警鐘を鳴らしてきた人たちが、「フクシマ」を契機としてきちんと評価され、その声に耳を傾けなければならないのは当然だとしても、少しでも独善的になったり、新たな差別を生み出すようなことには注意が必要だ。

「ミツバチの羽音と地球の回転」は9月16日所沢市民文化センターMUSEでも上映会がある。

オフィシャルサイトはこちら→http://888earth.net/index.html

映画「祝の島」2010/07/04

昨日、東中野のポレポレ座で上関の祝島を描いたドキュメンタリー「祝の島」を観る。

映画「祝(ほうり)の島」は、前にも取り上げた上関原発計画にゆれる「祝島」の日常をたんたんとつづりながら、長い時間を積み重ねてきた人と自然の営みを描き出す。

瀬戸内は歴史の回廊であり、その西の要路は架橋問題で話題になった鞆の浦から上関、下関にいたる。そこにふってわいた原発計画。印象的なのはその賛否の中でまず人間関係が壊されてしまうということだ。千年続いた島の祭りが中止に追い込まれる。

環境問題として語られることは多いが、計画された時点でまず地域社会の中で人間関係が壊れていく。辺古しかり六ヶ所村、諫早湾、八ッ場ダムみんな同じだ。私が上関原発計画のことを知ったのは昨年はじめだったと思うが、祝島の人たちは漁業補償金の受け取りも拒否して実に28年間反対運動を続けている。私たちは知らない、知らされないと言ってもよいかもしれない。

映画では原発と反対運動については、声高には語られない。70年間米を作り続けてきたという平さんの棚田、平さんの祖父がこつこつと作ったという棚田の石垣の見事さよ。海に湧くはまちの群れ、4年に一度国東からやってくる神様と神楽。

この豊かさに対置される核とコンクリートがもたらす豊かさとは何なのだろうか。前にも書いたが「このまま本当に農業とか第一次産業だけで祝島が良くなると本当にお考えですか?」 と中国電力の職員は言い放った。

ぜひ観てください。


祝島島民の会に3月に署名を送ったのですが、COP10開催前の9月末まで引き続き取り組むとのことです。

上関町の「原発建設計画中止!」を求める署名用紙

http://shimabito.net/syomeipdf2009.pdf

署名用リーフレット

 表 http://shimabito.net/omote-090519.jpg

 中面 http://shimabito.net/nakamen-090519.jpg

グラン・トリノ2009/06/04

仕事を終えて自転車で映画館へ。明日で終わる「グラン・トリノ」を観る。ただただ自らの終末を予言するような暴力的な映画を作り続けるハリウッドのなかで、アメリカという国の現実とアメリカ人(移民としての)の自画像にきっちり向かい合って物語るクリント・イーストウッドがかっこよすぎ。

グラン・トリノというフォードの名車=強くてカッコイイアメリカ。と、朝鮮戦争、ベトナム戦争、移民、斜陽の自動車産業、老い、背景にさまざまなものを詰め込んでいささかステレオタイプの感もあるけれど、これがアメリカでも受け入れられるわかりやすさなのだ。しっかりアメリカ浪花節をうなっている。実際イーストウッドはウナリっぱなし。

エンドロールに流れる彼と息子が作詞・作曲したテーマがいい。

Shine A Light - 今年もよろしく2009/01/03

今年は喪中でもあり、例年の湯河原行もせず、静かな正月を過ごしている。で、昨日思い立ってスコセッシが撮ったローリングストーンズの「Shine A Light」をつれと観にいった。

細かいことはもういろんなところで語られているので言うまい。導入にクリントン一家が出てくるのはご愛嬌だが、じらしておいてジャンピン・ジャック・フラッシュで一気に舞い上がり、As Tears Go Byでもう涙腺はゆるむ。

NYのビーコンシアターという伝統ある小さなステージでミック、キース、ロニー、ワッツの体温、体臭、観客との一体感、こんな映画初めてだ。高校生の時、エルビスオンステージを3回見に行って、最後はカセットテープを隠し持って録音したことを思い出すが比べ物にならない。私が高校生であの頃のゆるい映画館だったら10回は忍び込んでるに違いない。

残念なのは椅子に座って観てるような映画じゃないってこと、スタンディングで足踏み鳴らせるようなところで観たい!

というわけでけっこうハイに始まりました新年、今年もどうぞよろしゅうお願い申し上げます。

おまけ:「Shine A Light」予告編はコチラ