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さよならTV2012/05/10

さよならTV

鳴り物入りの地上波デジタル化の大騒ぎに、天邪鬼の正しい対応として、昨年7月24日には砂嵐の画面を見る予定だった。

しかし総務省の粋な!お取り計らいでケーブルTVについては2015年3月まではわざわざデジタルをアナログに変換して送ってくれるということで、そのまま見ることができていた。

しかし我が家のケーブルは東電の送電線による難視聴対策で無償で入れられたものなので、デジタル化で打ち切りにするというので、今後見続けるには月850円かかるという。安いものだがこんな機会でもなければ意志薄弱の天邪鬼にはテレビ離れもできそうにないので断った。

なかなか工事に来なかったがやっと今日ケーブルがはずされて10ヶ月遅れの砂嵐を見ることができた。これでつまらぬものに視覚を奪われなくてすむと一応自分に言い聞かせておく。

私は4本足のテレビがはじめてやってきてうやうやしく床の間に置かれたのを覚えている世代だから、およそ50年(10年くらい間が抜けているけれど)、まぁ何かといえば画面を眺めていたわけだ。なくなってどんな感じなのかというのがまだよくわからないでいる。

追記:この翌日にNHKが受信料支払いのお願いに来た。残念でした。

朝日新聞「声」欄2005/10/22

今日の朝日新聞朝刊「声」欄に私の投稿が掲載された。


「憲法を武器に未来を開こう」(これは新聞社でつけたもの)

「守るためには強い力が必要」(17日)という投書を読んで、正直理解に苦しみました。武力を否定されながら、守るためには強い力が必要とおっしゃっています。

強い力が具体的には何なのかよくわかりません。投書者が絶対悪とおっしゃる戦争はみんな「正義と防衛のため」といって始まったのではないですか。自爆テロでさえも。

全人類が同じ正義、倫理を持って、宗教も民族も乗り越えることなど、おっしゃるとおり不可能かもしれません。

ならば必要なのは違いを認めた上での粘り強い言葉の力ではないでしょうか。それは外交であり、国を超えた人と人のつながりだと思います。

日本国憲法をただ守ろうというのではなく、この世界にもまれな非武装を宣言した平和憲法を武器として、平和をつくるという意志、力こそ、今世界に必要とされているように思います。それこそ、結果としてアジアを戦渦に巻き込み、内外に多大な犠牲を強いたこの日本という国が、誇りをもって胸を張って国際社会に貢献し未来を開く道ではありませんか。

(取り消し線の部分は一応合意の上で削除になった部分)


以前メディアについて書いて、新聞を替えようと書いておきながら、まだ朝日を取っている。今回の投書はほぼ送ったまま掲載された。17日に掲載された投稿への反論である。その投稿は「地球上に軍事力を背景とした力がはたらいている限りは、対抗し得る力がなければ、ただ奪われるだけ。愛する者は、力がなくては守れない。」というのが大体の内容で、これが最近のどこを向いているのかわからないメディアのバランス感覚というものかと、ほっておけずに投稿した。

朝日の最近の報道姿勢については、別のところで抗議や質問を送っているのだがこれについては今のところ返事がない。毎日新聞は同様のことについて、受け取ったこと、担当者、責任者に必ず申し送るとの返事はくれた。やっぱり新聞替えるか。

よくやるね~。といわれるのだが、今、意思表示をせずにおいて、後で悔やみたくないだけである。それもやれるときにやるだけで、気張らずにというのが原則。

今週はいくつか展覧会も見たのですが、そのご報告は明日に。

グッドニュースフロムアフリカ2005/10/08

音楽のメディアがアナログレコードからCDに変わったのはいつ頃だったか。百枚くらいだろうかLP、EPのレコードがある。プレーヤーのゴムベルトがいかれて久しく聞いていない。一度メーカーに問い合わせたがもうないといわれてそのまま。近所のオーディオ屋に飛び込んでだめもとで聞いてみたら、ないわねと言いながらメーカー違いのゴムベルトがあって、「合うかわからないけど」とくれたのです。おかげでなんとか復活。感謝!

久しぶりにダラーブランドの「グッドニュースフロムアフリカ」を聞く。

そして今、教育テレビでETV特集「アフリカと世界と日本と」を見ている。アフリカの荒廃、その悲しみはそれが自らのものというより先進諸国、多国籍企業の利害がつねにその背景にあることだ。ホワイトバンドがはやっているそうだが、そこからその現実に思いをはせて、今、自らの生きている世界の構造を見つめる契機となればよし、でなければどこかの誰かを儲けさせているだけだ。買わないほうがよい。

つづけて教育テレビでは東アジア近代史学会のシンポジウム「日露戦争百年」をやっている。おもしろい。こういうNHKにはお金を払って応援したい。とても要約もできないが、アジアについてなにをか語ろうという政治家にはこういう人たちの議論に謙虚に耳を傾けてほしいと心底思う。誰も見てないだろうな。

ダラーブランド、南アフリカ生まれ、60年代にデュークエリントンに見出された。今はムスリムとしてアブドゥーラ・イブラヒムの名で活動している。家にあるのは1973年の西ドイツ版のLPだ。イスラムに改宗したあとだがまだダラーブランドの名前でだしたアルバムだ。最近では見なかったが話題になった映画「アマンドラ!希望の歌」にも参加している。

だからグッドニュースを探そう。アナログとメディアのことのつもりが、まぁいいか。

記憶2005/08/02

前に新聞のことを書いたが、地方紙のほうががんばっているような気がする。あるメーリングリストで紹介されていた東京新聞の戦後60年のシリーズ          (http://www.tokyo-np.co.jp/60th_hukei/index.html)を読む。特に「記憶」というシリーズは戦争に翻弄されるふつうの人々の姿をていねいに掘り起こしている。たとえば「加害と向き合う-韓国編2」(http://www.tokyo-np.co.jp/kioku05/index.html)は日本統治下の朝鮮で生まれ育った日本人女性教師と朝鮮人の生徒たちの話だ。民族から名前を、言葉を奪うということが何を意味するのか胸に迫ってくる。

1988年に日韓の美術交流で双方12名ほどでソウルで展覧会をしたことがある。まだ日本の映画や音楽が禁じられていた時期だ。ソウルオリンピックの直前で町は活気に満ちて、大変な歓待を受けた。マイクロバスを仕立ててくれて慶州や扶余や各地を巡る。メンバーの中には日本語だからわかるまいと大声で韓国についてよからぬことをいう輩もいた。

その旅も最後の日、無口で笑顔を絶やさなかった六十代と見える運転手さんとも別れを惜しんだ。彼はこう言った「私は日本名を岩田といいます」。数日間の旅程の中でただ一度だけ、その一言だけ、はっきりと日本語で言った。私はいきなり頭を殴られたような気がした。言葉を失い、やさしく微笑む「岩田」さんの顔をただ見ていた。    私の小さいけれど忘れられない記憶です。

パソコミ2005/07/26

昔ミニコミという言葉があった。今でもあるか。マスコミという強大なメディア、権力に対するミニコミである。昨日ご紹介したむのたけじ「ボロを旗として」の冒頭にミニコミではなくパソコミだろうという一節がある。パソコミ=パーソナルコミュニケーション。このブログというのもミニコミというよりパソコミといえるかも(パソコンだし!?)。machabさんがブログで新聞の購読を止めたことを書いていたのがきっかけで、私はむのたけじさんの「たいまつ」を思い出した。そして「ボロを旗として」から花森安治さんのことを思い出した。それを読んだくどうさんがむのたけじさんの本を注文したという。秋田の小さな印刷屋さんの本がそんなふうにひろがるのもうれしい。 写真は花森安治「一銭五厘の旗」(暮らしの手帖社1971)。

メディアの重み2005/07/19

最近、新聞の購読を止めたという人がふたりいました。我が家でも昨年あたりから新聞を変えようかという話題がでています。ずっと朝日新聞を読んできました。変えようかと思ったのは、イラク戦争について投書をしたら掲載したいが少し直してほしいという返事がきて、何度かやり取りするうちに勝手に書き直した原稿が送られてきてこれではどうでしょうかと、もとの趣旨とはかけ離れたその原稿に当然掲載を断りました。知人に話すと同じような例を聞いたと言いますし、依頼原稿にも注文をつけているらしいと聞きます。ただ巷の朝日新聞悪玉論に乗ろうとも思いません。NHK、読売、フジサンケイグループほかマスと呼ばれるメディアがことごとく陥っている驕りとそれに導かれる機能不全は、日本の三権分立の機能不全と同根でしょう。

私はテレビも、新聞もメディアと呼ばれるものは公正中立でありえるわけがないと思います。情報のもとである事実はひとつであるとしても見方で様々の報じ方があるでしょう。紙背を読む努力をしなければ与えられる情報としてWEBもテレビも新聞も何の変わりもありません。

それにしてもイラクの首をすくめた亀の子自衛隊はどうしてるんでしょうね、帰ってくればテロの心配なんかなくなるのに。すでに帰ってきた隊員に劣化ウランの影響は出ていないのでしょうか。ロンドンで殺された人と桁違いのイラクで殺された人の重みは違うのでしょうか(アメリカ兵も含めて)。郵政問題の影でミサイル防衛関連法案が可決されたのにほとんど話題にもならないのはなぜ(それも巨大予算を伴って)。

NEWSのメンバーの飲酒に国家公安委員長がコメントをしてそれがニュース関心度ランキング一位(TBSラジオ)になる国ですから・・・・。メディアはますます軽くなるということでしょうか。

で新聞は東京新聞にしようか埼玉新聞にしようか思い切れずにずるずると。そういえばかつて むのたけじ という新聞記者を辞めて秋田の片田舎で「週刊たいまつ」という個人紙を発行し続けていた人がいました。ご健在だろうかなどと思って検索したら 秋田の小さな出版社から2003年に聞き書きがでています。              (http://www.izumiya-p.com/i_book/) もう八十歳はこえていらっしゃるはず。ちょっと読んで見たくなりました。

重いメディアから2005/06/14

高校1年のころわけもわからず読んだ鶴見俊輔「限界芸術論」(ちくま学芸文庫、写真は勁草書房版1967)の中に「ラジオ文化」(初出1950)という章があって、ラジオのようにスイッチをひねるだけで一方的に与えられる情報が文化・政治に与える影響を危機感をもって論じているが、その論でいけばテレビはその比ではないだろう。

彫刻の事を考えていて表現の媒体(メディア)というのはだんだん軽くなってきたのだと考えたことがある。神殿にしろ大聖堂や神社仏閣にしろ信仰に対するメディアだと考えるとそれは石に刻まれていたり、木やブロンズでつくられていて重い、そこまで行かなければ出会えないというものだ。口承や劇のようなものであってもそこに立ち会わなければ知覚出来ない。文字があるといっても書き写すしかなく、読み書きができること自体が特別なことだった。粘土板、木簡、羊皮紙、紙。印刷術、これはやはり革命的なことだったろう。そして有線の通信、電話。やがて無線による通信へてラジオ放送が生まれる。ラジオからテレビへはあっという間である。アメリカでラジオの本放送がはじまったのが1920年、テレビは1928年には登場する。近年の携帯電話、インターネットはその延長上にあるとしても質的な飛躍は次元が違うといってもよい。すべてが電子的な信号の中に包み込まれる。限りなく軽くなる。

そんなわけはないのだが、こんなブログはじめたって事はミイラ取りが、、、、。えっ!