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御案内2013/03/02

置きざりにされた命「ハル」公演

久々の更新です。年度末のばたばたの中、何とか確定申告を母の分までやっつけて気がつけば3月。ビキニデーは昨日か。10日が東京大空襲。そして11日、2年。あっという間という気はしなくてどちらかというと長く感じる。

来週末はいろいろとあるので御案内。

3月6日~10日 錬肉工房公演 「オイディプス」 田中純さん、塩田雪さんが人形遣いで出演します。

3月9日(土)「つながろうフクシマ!さようなら原発大集会」 これには行くつもり。そのあとに上野に行くという手もある。

3月10日は・・・ミル君を保護した犬猫みなしご救援隊からの御案内


犬猫みなしご救援隊 ・ ムカシ玩具 舞香 共同作品

置き去りにされた命「ハル」 ~ 警戒区域に残されたある犬の物語

日時 2013年3月10日(日)  開場 13:00   開演 13:30

場所 埼玉県狭山市入間川1-3-1 『狭山市市民交流センター』

アクセス: 西武新宿線狭山市駅西口下車徒歩約1分

東日本大震災から2年が過ぎようとしている今、置き去りにされた命 「ハル」が、2013年3月10日に埼玉県狭山市市民交流センターにて上演されます。

舞香さんの臨場感溢れる素晴らしいお芝居、竜馬さんが奏でる情緒豊かなバイオリンのメロディ、佐良直美さんも声での出演をしてくださっており、私たちの心に一石を投じる作品です。お芝居の後の中谷さんとのトークショーでは、いろいろな興味深い話をお聴きいただけます。

ぜひぜひご家族、ご近所、お友達、皆さまでお誘い合わせの上お越しください!


これは必ず行こうと思ってます。

NO OSPREY 東京集会2013/01/27

NO OSPREY東京集会

午前中仕事をして、日比谷野音へ出かける。沖縄の全市町村長が上京、28日に安倍首相宛「建白書」を提出するに先立っての集会とデモである。

あれほど問題になったオスプレイの配備も、なにもなかったかのように、当然のことのように強行された。原発にしてもこの国の為政者は都合の悪いことはないことにしてやり過ごし、既定の事実にしてしまうというのが常套手段である。実力行使どころか声を上げるのさえ苦手な国民性?をいいことにやりたい放題といっても過言ではないだろう。

しかし今回は沖縄の全市町村長、県議会、全市町村議会が足並みをそろえての抗議だ。その要求は2点。

1.オスプレイの配備を直ちに撤回すること。及び今年7月までに配備されるとしている12機の配備を中止すること。また嘉手納基地への特殊作戦用垂直離着陸輸送機CV22オスプレイの配備計画を直ちに撤回すること。

2.米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること。

オスプレイは全国で飛行訓練を予定しているし、沖縄を基地の島としてきたのは私たちなのだからそれに対して意思表示はしておきたい。私の住む入間市にも基地がある。自衛隊の基地だが1978年まではジョンソン基地といって米軍の基地だった(61年から共同使用)。先日狭山市立博物館で「ジョンソン基地とハイドパーク」というのんきな展覧会が開かれていたが、だれか沖縄に思いをはせていただろうか。

安倍首相宛「建白書」

癩院記録―国立ハンセン病資料館2012/12/26


「癩院記録」図録

 ずっと気になっていて、調べると27日までだというので仕事をちょっとさぼって多摩全生園の国立ハンセン病資料館「癩院記録-北條民雄が書いた絶対隔離化の療養所」を見に出かけた。

 北條民雄は十代で発病、全生園に収容後創作をはじめ川端康成に見出されながら1937年24歳で結核に倒れた。その随筆「癩院記録」「続癩院記録」をストーリーにした展示である。

 常設展も充実したもので私たちの社会が生み出した差別と排除、隔離の歴史が概観できる。「らい予防法」が廃止されたのが1996年、国家賠償請求訴訟で原告勝訴が確定したのが2001年。そういえば「北海道旧土人保護法」の廃止が1997年だ。「どじん」と入力しても漢字は表示されない。そうやって差別語だと隠したところで、差別や排除はまだそこここに巣くっている。

国立ハンセン病資料館

 何度も取り上げている福岡事件とハンセン病療養所にはすこしつながりがある。死刑囚の西武雄さんは同じ絶対隔離の身であるハンセン病患者に共感し、獄中で書いた仏画を売った金で梵鐘を鹿児島県鹿屋市にあるハンセン病療養所星塚敬愛園に送っている。

 このことを含め福岡事件再審運動を支援していただいている八尋光秀弁護士の講演の記録があるのでリンクしておく。「福岡事件 講演原稿」 於:08年6月14日東京YMCA青少年センター

多摩全生園の桜並木

 資料館の横に見事な桜の巨木の並木があった。館の受付の方に聞くとこの桜並木は有名で花の頃はすばらしくぜひお出かけくださいとのこと。

どうなる?2012/12/20

スタディーモデル

バランス感覚に優れたわが国の民草は賢明なる選択をしたのか、自民党に票を投じたのは全有権者の4分の1に過ぎない。しかし小選挙区制ではこんなことに。

少し考えたいけれど九州から帰ってくると年末で仕事がぎっちり。こんな仕事もしています。アクリル板で作ったある展示施設のスタディーモデル。

ちょっとばたばたです。

放射性物質を測定してみた2012/11/13

空間線量-柿の木

 我が家の柿ノ木の根元近く、空間線量をはかると0.2μSvと少し高め。この線量計は市役所で貸し出しているもの。これが地表1mで毎時0.23 マイクロシーベルト以上から毎時1 マイクロシーベルト未満だと 「直ちにカラーコーン等で囲いをするとともに看板等で警告し、その後、除染を実施する」レベルになる。雨樋の排水が流れ込むところにあり枯葉が降り積もった場所なので高くなる条件はある。

 今年は成り年ではない、というより落果が多かったのでそんなに豊作ではないけれど果たして果実に影響はあるものだろうか。ちょうどそろそろ収穫というところで市で食品中に含まれる放射性物質の簡易測定が始まったので(なんで今になって)さっそく申し込んでみた。

検体・柿のペースト

 ペースト状にした1Kgの柿の検体を用意して市役所の市民相談室に持ち込む。下の画像の簡易型ガンマ線スペクトロメータで計測する。見せてもらえるかと思ったら、やんわりと断られた。

簡易型ガンマ線スペクトルメータ

 もっと申し込みが殺到しているかと思ったらそうでもないらしい。というわけで栄えある計測第1号となりました。1時間後結果通知書をいただく。セシウム134も137も不検出、これで今年も安心しておすそ分けできます。

 まだきのこ類などは高線量がでている。わからずに疑心暗鬼になるよりは市で無償で計ってもらえるのだから利用すべし、ということです。

放射性物質測定結果

「三池」終わらない炭鉱(やま)の物語2012/11/07

 ある映画の情報を探そうとポレポレ東中野のホームページを見ていたら熊谷博子監督の「三池」終わらない炭鉱(やま)の物語が1週間だけアンコール上映されている。6年前に見そびれていてこれは行かぬわけにはいかない。

三池-終わらない炭鉱(やま)の物語

 前後の脈絡もなく眼に焼きついた風景というか情景というものがある。1959年から60年にかけて父が熊本の北辺、福岡県大牟田市に隣接する荒尾市に単身赴任していたことがある。まだ5歳か6歳だった私の目に焼きついているのは高架の単線の鉄路を渡っていくトロッコの列だ。逆光でシルエットで見たような気がするのだが、荒尾は大牟田の南なので逆光というのは私が勝手に作り上げた記憶かもしれない。

 まさに総資本対総労働といわれた三井三池争議の時期だったが幼稚園児の知る由もない。それでも父が買ってきた土門拳の「筑豊のこどもたち」は衝撃的だった。意識して見たのは小学生になってからだろうけどザラ紙に刷られた100円の写真集はこれも私の眼に焼きついている。また家の座敷には三池の組合が資金源として作っていたサルスベリの太く大きなパイプがおいてあった。

土門拳「筑豊のこどもたち」

 映画ではその三池炭鉱の歴史を丁寧にたどっていく。そこには戦争、国家、資源、資本、労働運動、差別といわば近代の負の縮図があぶりだされる。救われるのは現場にいた(いる)人たちに寄り添っていくようなインタビューが図式的な対立を超えた言葉では表しがたい人間の力を見せてくれるからだ。1963年の458人の死者と一酸化炭素中毒患者839人を出した炭塵爆発事故などを経て三池炭鉱は1997年に閉山した。CO中毒患者と家族は今も苦しんでいる。それでも生き抜いてきたお母ちゃんたちの姿がまぶしい。

 私が社会的な問題を意識するようになったときには水俣病やベトナム戦争が目の前にあって、福岡事件の再審運動にかかわっていても三池はすぐ隣だったにもかかわらず、上野英信さんの筑豊の本や菊畑茂久馬さんを通じて山本作兵衛さんの絵を知るくらいでなんとなく炭鉱のことは私の頭の中では霞がかかっていた。

 映画の中に生活のために第二組合を設立する、つまりスト破りの話が語られるが、私の父はレッドパージを潜り抜けて組合上がりで管理職になっていたのでそれなりの葛藤があったのだろうと思う。三井三池のことは他人事ではなかったのかもしれない。そのへんの事を今になって父に聞いてみたいと思うがそれもかなわない。

 それでもこの映画を見て私の頭の中の霞はだいぶ晴れた。近代が近代であるためにいかなるエネルギーを喰らってきたのか、エネルギーの確保と転換の国策、そこにある差別と棄民の構造が水俣にも沖縄にも福島にも通底すること。それはそのまま現在の非正規労働者や、貧困の問題であり原発の下請け労働者の問題でもある。そして3.11の後の世界の何を見なければならないのか、何を選び取るのか、どんな道を進むのかそのベクトルを示している。

 私は今現在の時代の前景をひとつの炭鉱を切り口に見せてくれるこの映画をぜひ皆さんにも見てほしいと思う。神奈川、大阪、広島、福島と上映が続くそうです。

 上映後、熊谷監督と鎌田慧さんのトークがあり、上映会を訪ねてきた行き場なく福島第1原発の下請けに入ったものの解雇された若者の話、与論島から三池に入った人たちへの差別など炭鉱(やま)の物語が今につながることをあらためて思う。それから20人ほどで監督と鎌田さんを囲んでお茶会があり、中には実際に三池で落盤にあったという人もいて密度の濃い時間を過ごすことができた。いまだこの国の地下には300年くらいはエネルギーをまかなえる量の石炭が眠っているそうだ。

マリ・フォト通信2012/09/17

サヘルの森マリ・フォト通信

4月にマリ共和国のクーデターについて書いたけれど、NPO法人 サヘルの森からマリ・フォト通信届いた。

今年後半の日本人スタッフの派遣は見送り。しかし、苗木の配布・学校植林・試験植林地の管理などの活動は、現地のマリ人スタッフが日本と連絡を取り合いながら続けているそうです。「現地活動再開について」

サヘルの森も25周年、その活動をまとめた冊子「われわれの流儀」と機関誌サヘル 総集編のCDが出された。あくまで現場から発想するその方法は学ぶべきことが多い。

ちょっとベルリンへ2012/09/07

 仕事の納期が少し延びたので今日は早仕舞いでちょっとベルリンを覗きに上野まで。西洋美術館の「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」。金曜日は夜8時まで開いているのであわてる必要もない。少しは行列覚悟で行ったが拍子抜けするほどすいている。

ベルリン国立美術館展

 しばらくヨーロッパに行く予定もない!?のでしっかりと見ておこう。学べるのタイトルどおりに教科書や画集で記憶する作品がそこここに。思ったより彫刻が多くてうれしい。それにしてもどの作品にも通底するこの濃厚な密度には何度見ても驚く。確かに人だかりの先のフェルメールの絵には少し違う光があってこれが人をひきつけるというのもよくわかる。

 もう一点のフェルメールも都美術館「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」で上野におでましだ。まだ充分時間があったので覗いてみるとなんと40分待ちの大行列。同じ「真珠の耳飾りの少女」でもあの青いターバンの威力か。こんな大行列は勘弁なので踵を返す。これは絶対見なくてはとか、せっかくここまで来たのだからといった気持ちは全く起こらない。年か。

 この前は工事中だったが公園の広場の両側にはカフェなどできてすっかり様変わりしてしまった。ここに来る度にあのブルーシートの小屋住まいの住民たちの行方が気にかかる。そういえば渋谷でも近頃排除されたと聞く。きれいに整備されればされるほどなんだかうそ臭い空間になってしまう悲しさ。

 まだ7時前なので官邸前に日比谷線で移動。霞ヶ関の出口を地上に出るといきなり経産省前のテント村のまわりが人で埋まっている。そして太鼓とシュプレヒコールの大音響。これは苦手だちょっと近づけない。大きな音を出して騒げばよいという発想は「大きな音ですね」と言った野田と同じ感覚じゃないか。

 官邸に向かっていくと六本木通りの交差点まではほとんど人もいない。議院会館側は規制されていて、官邸に続く道は一本だけで狭い歩道で動きが取れない。官邸に近づくのはあきらめて、国会前へまわる。そこかしこでトークやらシュプレヒコールをやっているが、同じような言葉がループするばかりであまり効果的には思えない。

 それでも、これだけの継続する直接行動はこれまでなかったことだ。私は黙って立っていよう。抗議し糾弾する側も声を荒げてばかりだと小さな声が聞こえないこともある。大事なことがこぼれ落ちないように。

議事堂は赤信号
議事堂に赤信号

3日の死刑執行をめぐって2012/08/15

前の記事を途中まで書いたところで九州に飛んだのだけれど、その日3日の朝、服部純也死刑囚(40)と松村恭造死刑囚(31)の刑が執行された。

執行を決した滝実法相は「調書の中身を確認し、冤罪(えんざい)の恐れや微妙な問題のない死刑囚に絞った」という。3月に3名の死刑を執行した小川敏夫元法相も再審請求中の死刑囚は見合わせた(この表現もどうかと思うが)と言った。これまでもいわれてはいたが、法相自らが臆面もなく会見で語るようになってしまった。冤罪の可能性が少なからずあることを明白に認めているのだ。

この言葉は、彼らが常に言っている法の元に粛々と職責を全うするという姿勢に予断が入り込むことを認めたことになる。その前提として再審があるということだ。それならさっさと再審をすることが職務ではないか。

死刑制度についていろいろ書いているとよくこんなコメントをいただく。

「死刑執行。これは刑事訴訟法に則っているからにして、法律に基づいているだけである。在任中に死刑の執行はしないと言った法務大臣は、法律に反しているのであって、法律を法務大臣が破ると言う事であり、その時点で法務大臣としての資格は無い! 」

そう、法に従えば判決確定から6ヶ月以内の執行です。ではなぜ130名を超える死刑囚が、しかも長いものでは40年以上も、拘留期間を入れれば50年以上も獄中にいるのか。それは何かの見えない力が働いているとしか言いようがない。再審が相変わらずの狭き門だということもある。

日本国憲法は第36条で残虐な刑罰を禁じている。死刑制度を違憲と考えればそれにしたがわなくてもよいとも解釈できる。1989年には国連で死刑廃止条約が採択されているし、2007年国連総会本会議では、104カ国の賛成によって歴史的な死刑執行停止決議が採択された。厳しい死刑停止勧告も受けている。

そのためか法務省内で死刑制度の勉強会や、有識者による議論を進めようとした大臣もいたが、いずれも立ち消えてしまった。現在は死刑停止ではないが、滝実法相ら政務三役が、絞首刑を別の方法に変えるかどうかの検討を進めているという。

つまるところ日本の死刑制度の現実が法制上の整合性も持ち得ないほど矛盾を抱えているということだろう。ならば法を変えなければならない。まず死刑執行を凍結。いいかげんな調査で国民は死刑制度を支持しているなどといわず、国際的な死刑廃止の方向や背景をきちんと示し議論すべきだろう。また再審開始の判断はすみやかに、疑わしきは救済されねばならない。

「死刑囚再審特例法」制定に向けて2012/08/13



 ゴビンダ・マイナリさんの再審が確実になったようだ。なによりのことだが、拘留期間を含めておよそ15年。長すぎる。一審は無罪だった。刑事事件において下級審で無罪の場合は本来検察側は控訴するべきではない。

 2010年3月の足利事件、2011年5月の布川事件と再審無罪が続き、今年は名張毒ぶどう酒事件も再審確実と期待したが棄却。現在特別抗告中だ。足利、布川の両事件は無期懲役である。やはり死刑判決に対する再審のハードルは高い。もし冤罪であったとしたら死刑判決の方がずっと権力の罪は重いのだが。

 6月25日、死刑廃止を訴え続けた元最高裁判事の団藤重光さんが亡くなった。
98歳。再審請求でも「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判原則を再審請求にも適用するとした75年の「白鳥決定」にも関与した。6年前上智大学での死刑廃止セミナーであいさつをされた。実に凛としたお姿だった。 その白鳥決定の後、財田川事件、免田事件などの死刑判決が再審無罪となっている。

 さかのぼる1968年神近市子衆議院議員らによって死刑確定者再審特例法案が国会に上程された。占領下、旧刑法下の死刑判決裁判の再審救済を求めたものである。これは自民党の反対で恩赦を進めるということで廃案になる。しかし恩赦されたのは一部の事件に限り、財田川事件、免田事件については白鳥決定後の再審による無罪判決を待たねばならなかった。それに対し福岡事件について司法は白鳥決定の28日後1975年6月17日石井健二郎死刑囚に恩赦、西武雄死刑囚を恩赦却下、即日絞首刑という異常な、誰が考えても不合理な判断をした。

 2005年弁護士、法学者、学生等の新たな支援を得て西死刑囚刑死後の第6次再審請求を行うが、2009年請求棄却、特別抗告も棄却された。この経過をふまえ、今回「死刑囚再審特例法」制定を改めて求めるのは、既に関係者のほとんどが物故者となり忘れ去られる前に、きちんと「戦時刑事司法」体制を問い直し冤罪被害者に名誉と人権を、司法に信頼を取り戻すためである。

 署名用紙、クリックして拡大、右クリックからダウンロードしてください。
再審特例法署名

 8月21日からは福岡で古川泰龍師の回顧展が開かれます。