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終わらない、終わっていない2013/03/12

ふってわいた仕事の量が予想以上に多くて、今日も11時まで溶接していたが予定がこなせない。終わらない。

福島第一原発が爆発したのは今日だったか。まだなにも終わっていない。

昨日は仕事の手を休め、2時46分に黙祷。尋常ならぬ揺れにアトリエから飛び出してhidekoと見た道はうねるようだったことを思い出す。

日曜日には<置き去りにされた命「ハル」>を見てきました。その様子はこちら→犬猫みなしご救援隊 栃木拠点ブログ

もう寝ます。おやすみなさい。

また那須へ行ってきました2012/12/01


 犬猫みなしご救援隊栃木拠点もあと一週間で広島にお引越しということで(施設は拠点として残すとのこと)、前回は私一人だったので今回はhidekoと一緒に再訪しました。朝8時着、犬たちの朝のごはん、水かえ、ショートラン、ロングラン、排泄物の回収、ケージの掃除。

 ここにはつながれた犬、動物はいません。狭くてもいいから自由にさせるというのが基本なのです。

 ここに来て実感するのは、これだけの言葉は悪いけれど寄せ集めの犬たち、超過密の猫たちも安心しているように見えること。もちろん犬たちはほえるし、犬同士相性が悪いこともあるけれど、リードもない犬たちの中にいても怖いと感じることはあまりない。これってその中に入ってみないとわからないかもしれません。すごく新鮮な感覚。うまく言えないけれど人が動物を飼っているのではなく一緒にいるという感じ。家で飼っていて家族の一員というのともちょっと違う。

 これをやりきっている代表の中谷百合さんはじめスタッフはすごいし、だからボランティアも気持ちよく手伝えるし、応援したくなるのだろう。

 なんていってるうちにいきなり吹雪。早々に退散。一路次の目的地、足利市立美術館に向かいました。

 前回の「那須へ行ってきました」 預っていた「福島のミルくん」

 おまけ画像、おなじみ ゆき と こゆき です。こゆきはどんどん大きくなっています。


那須へ行ってきました2012/10/22


朝の犬猫みなしご救援隊栃木拠点

 20日早朝の犬猫みなしご救援隊栃木拠点です。犬たちの少し手荒い歓迎を受けながらも、朝夕少しお手伝いしました。ウンチ拾いとか(笑)。

朝の犬猫みなしご救援隊こゆき

 生後一週間のヤギの赤ちゃん、こゆきです。小屋に入れてもらって授乳にも立ち会うことができました。画像は翌日やっと撮れた一枚です。

 この動物たちを見ていると一匹一匹がいとおしくうれしくなってしまうのですが、3月11日の原発事故がなければたいていは住み慣れた家で家族と今も過ごしていただろうと思うと...。胸も熱くなりますが、別の感情でハラワタも熱くなってきます。

 そう、昨年7ヶ月預っていた楢葉町のミルくんは仮設暮らしももうすぐ一年。立ち入り制限が解除されてミルくんはなつかしい我が家がすぐわかったそうですが、草だらけで犬小屋にも近づけず、ストレスで体調もよくないとのこと。飼い主のKさんも先が見えない日々が続いています。ミルくんのことは右のカテゴリー、「福島のミルくん」からどうぞ。

DRT2012那須野ヶ原1

 そして災害ボランティアの技術力アップ講習会「DRT2012栃木・那須」。ガテン系の災害時に即応できる技能の講習です。

 参加者はもちろん建設、土木系の人もいますが女性や私のような個人参加も多く、講師にも大阪の森林ボランティアの若い女性がいたりさまざまです。

DRT那須野が原講習2

 技術的なところは私も覚えがあり場数も踏んできたつもりですが、やはり災害現場での対応は実際の経験者から聞くと全く違います。クラッシュシンドロームへの対処などはわかっていても難しいようです。

 一般のボランティアの活動を越える部分もありますが、この災害列島に住む以上各地域でこのような技術的に対応できるボランティアが必要なのも確かでしょう。

nakao君の別荘

 こちらは中学時代の同級生nakao君がセルフビルド中の那須町の隠れ家です。外観は大体できていますが、中は内装工事真っ最中。土日のみの作業でまだ完成まではしばらくかかりそうです。

 阿部素尚さんはお出かけで会えませんでしたが、強行軍をおえて何とか渋滞に巻き込まれる前に睡魔と闘いながら帰途に着きました。

7/16さようなら原発10万人集会2012/07/16

 7/16、さようなら原発10万人集会。混雑しそうなので早めに出て入間市から直通の副都心線で神宮前下車。会場に行く前にしばし喧騒を離れて太田記念美術館で浮世絵猫百景へ。国芳の独創に見入る。江戸、不思議の世界。

 外に出るといつもの原宿の喧騒。

明治神宮前、あとからあとから人がやってくる。

        メイン会場を埋める人。

        会場の外も人人人。

                表参道コースのデモ。延々と続く人の波。

 これだけの人が集まって、整然とデモンストレーションをしてそのままトラブルもなく流れ解散。ある意味すごい。60年代のデモを知っているものとしてはその質的な変化を実感する。しかし60年の声なき声の会からベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)にいたる、脱組織、自立した市民の集合としての運動の延長上にこれはあるのだろう。

 メイン会場の最初から参加していたが、開会の際に3.11の犠牲者、そしてこれまでのあらゆる核の犠牲者への黙祷があっても良かったかな。それにしても登壇者の誰も福島第一原発の現場の末端労働者への言葉がなかったのは残念。

 実は昨年預かった楢葉町の犬、ミル君の飼い主さんは農家だが第1原発に今も通っている。お会いした時もそのことについては何の言葉も出てこなかった。木造のために遠目にみると収容所のように見える仮設住宅と、無口で朴訥とした御主人を思い出すたびに、そこに届く言葉をさがすのだけれど。

「内部被ばくを生き抜く」上映会の御案内2012/07/09

 あらためて書きますと宿題が2つくらいたまっているけど、今日は上映会の御案内。hidekoさんと仲間たちによる「内部被ばくを生き抜く」自主上映会です。

 先日紹介した「ミツバチの羽音と地球の回転」の鎌仲ひとみ監督最新作です。内部被ばくという言葉は聞いても、なかなか現実のものとしては感じられません。放出された放射性物質とその影響をどうとらえ、考え、向き合えばよいのか4人の医師に問いかけ、最前線で格闘する人々の声に耳を傾けたものです。

 おまけの同時上映シェーナウの想いは、自然エネルギー社会を子どもたちに残すために、村の住民が電力供給会社を作ってしまった、というドイツのドキュメンタリーです。

内部被ばくを生き抜く

内部被ばくを生き抜く

 午前の部はもう席がないそうです。午後の部、ご希望の方は黄色いチラシ最下部の轟さんまでお問合せください。電話予約で前売り扱いになります。

 チラシの画像をクリックすると拡大して見られます。どうぞよろしく。

7月1日saveMLAKの報告会です2012/06/28

saveMLAK活動報告会2012

私がちょっとお手伝いしている saveMLAK(セーブムラック)プロジェクトの この一年の報告会があります。

saveMLAK活動報告会2012

~社会教育・文化施設の救援・復興支援~

【日 時】 2012年7月1日(日) 13:00 ~ 17:00

【東京会場】 東京国立近代美術館 講堂 東京都千代田区北の丸公園3-1(最寄駅:東京メトロ東西線 竹橋駅)

【大阪会場】 エル・おおさか(大阪府立労働センター) 南館101号室   大阪府大阪市中央区北浜東3-14 エル・おおさか(大阪府立労働センター) (最寄駅:大阪市営地下鉄谷町線 / 京阪電鉄 天満橋駅)

MLAKとは博物館・美術館(M) 、図書館(L) 、文書館 (A) 、公民館 (K) (M+L+A+K=MLAK) という意味です。

興味のある方はぜひお出かけください。ひょっとして私がパネルに上がるかもしれません。上がるらしい。上がります。えっ・・・・。

何を信じるのか(つづき)2012/06/26

究極のエコ!セルフエネルギーの研究始まる!

今日も永田町は税金を垂れ流しながら茶番劇を続けています。おかげでへそでお茶を沸かせる人が急増、究極のセルフエネルギーとして注目を浴びています。御茶ノ水エネルギー研究所ではこの熱源を電気エネルギーに変換する研究に着手しました。課題は熱源が不安定である事と、国会がちゃんと機能すると温度が下がってしまうことですが、所長の御茶ノ水博士は2番目は心配する必要がないと笑っています。(爺通信社 2012/6/26)

閑話休題

何しろ大量の情報が飛び交うようになって、表に出なかったような小さな情報も探せば見えるようになって便利にはなった。しかしある事柄に一面的な方向性が与えられると、是とするものも非とするものも一斉に同じ方向性のなかで語り始める。その是非はたいてい相容れないものなので違う視点からの解決策、妥協できる部分も見えなくなる。

たとえば瓦礫(この言葉もいやだけど)について、瓦礫の種類、どういう状態にあるのか、分別は、有害物質(放射性物質だけではない石綿も化学物質もある)は、それと地域による違い、まず現場の状態や緊急性、可能性、これらすべてをただ瓦礫の広域処理、放射能汚染で語れば、あまりにも多くのものがこぼれ落ちてしまう。

たぶん現場の自治体の職員たちはただただ目の前のタスクに追われているのだろう。それをカバーできるのは研究者、専門家、民間企業、瓦礫に直面している人たちの声でありそれを伝えるのがメディアだろう。一部で海岸線に瓦礫(有機物)で盛土をして広葉樹を植えて防潮堤を作るという試みがやっと始まったが、それも有効な方法のひとつくらいに考えておかないとそれですべて解決というわけではないのだ。

誰かが情報はそこにある事実であって動かない。それを動かしたり変えてしまうのは伝える側なのだと言っていた。やっと探し出した小さな情報もそれが確かなものなのか判断するのはもう経験に基づく勘かもしれない。あとは行ってみるか、会ってみるしかない。

見えないところを想像する。そこは確かに手で触れることができるものや、顔をつき合わせて肉声で話せる人、家族や友人であったり、そんなところから触覚を研ぎ澄まし伸ばしていくほかはないような気がする。

温かかったり、冷たかったり、暑い、寒い、柔らかい、硬い、きつい、楽しい、明るい、暗い、痛い、臭い、うまい、甘い、辛い、そのグラデーションをひとつひとつ確かめる。いつもそのへんから感じたいし、考えたい。

一枚の報道写真を見ても、匂いや、熱を、声、音を、そして写っていない周辺を想像する事から始めてみる。

西さんの梅雨忌、福岡事件についてはあらためて書きます。福岡事件、死刑制度については右のカテゴリーの死刑制度にこれまで書いたものがあります。

何を信じるのか2012/06/23

飯館村の凍み大根

旧知のYさんから、昨年8月に放送されたドイツの報道番組を紹介されて、「どうして自分たちの問題をちゃんと捉えて、伝えるメディアが日本 には少ないのでしょうか..。」と問いかけられた。

直裁に答えれば日本の商業マスメディアは広告主に支配されていること、メディアのオーナーや論説委員たちが政府要人と会食して馴れ合うような風土や記者クラブのようなありかたを誰も非としてこなかったのだからこれは致し方ない。

テレビを見なくなって東京新聞とラジオとネット(NHKとTBSのニュースはほとんど見れる)で過ごしていて、メディアリテラシーとは言うけれど何を信じていいのかますますわからなくなってくる。

たとえばがれきの焼却をテストして基準値以下だったと報道されても数字が報道されることはあまりない。廃棄物利権などという話も聞こえてくるし、絶対反対といってる人たちは被災地で今がれきに直面している人たちにどう声をかけるのだろうか。

と、嘆いていても仕方がない。NHKだって報道部はだめだけれどNHK特集やETVは時々いい企画をやっている。民放も地方局のドキュメンタリーは頑張っている。もうすぐ公開される映画「死刑弁護人」、もとは東海テレビのドキュメンタリーだ。

先日若くして亡くなった弁護士日隈一雄さんが編集長をしていたNews for the People in Japanのようなメディアもある。

余談だけれど、ある中国人が「私の国では報道は全部作られたものだと知っているが、日本人はみんな本当のことだと思っている。」と言ったとか。

Yさんに紹介されたドイツの報道番組にしても取り上げられているクリストファー・バズビー氏はきちんと原発のない未来を考えている人達からは論拠のあいまいさが批判されているし、怪しげなサプリメントを販売していたりする。バズビー氏が利用されているという話もあるがよくわからない。

私はいたずらに放射能の脅威を言い立て恐怖するより(すでに放射性物質は私が生れる前から世界中にばら撒かれているし、日本の検査漬け医療のX線やCTが発ガンを増加させているという話もある)、どう付き合っていくかを考えたい。

放出された放射性物質は自分で増えたりはしないので人による移動、雨風河川海流による移動、動植物による蓄積をどれだけきちんと調べ情報を共有するかに尽きるし、低線量被ばく、内部被ばくについてはできる限り避けるべきだが、原発周辺にいた人たち特に子どもたちの検診をきちんと何十年も続けていくということだろう。なにしろいままでその影響については類推でしか語られていないのだから。

今喫緊の問題は放射能の直接の影響より、それにより生活の場を分断された避難者の精神的、肉体的疲弊だろう。福島はもう人が住めるような場所ではないと遠くから叫ぶのは、原発を辺境に押し付けてきた差別の構造と同質に聞こえてしまうのだ。

なんだかまとまらないけれど今日はここまで。うだうだと書きあぐねていたことを書くきっかけをくれたYさんに感謝。画像はかつての飯館村の冬の風物詩凍み大根づくり。飯館村HPから拝借。

これから福岡事件の冤罪死刑囚西武雄さんの処刑37年目の法要「梅雨忌」に出かけます。→福岡事件学生の会HPキャンペーンのブログ

山本義隆さんと内山節さんの本2012/06/03

山本義隆といえば私の世代にとってはまず東大全共闘の議長なのだが、氏はその後大学や関係機関には戻ることなく、在野の研究者となった。2003年の「磁力と重力の発見」(みすず書房)は西欧がいかに科学的原理を獲得してきたのか、ギリシャからキリスト教、スコラ哲学、イスラムまでも視野に入れた道筋と本質を見事に見せてくれた。

この「福島の原発事故をめぐって」では素粒子論を専攻した者として、原子核物理学と原子核工学の非常な乖離などから、核を扱うことの不可逆性、また原発を国策として推し進めていく翼賛体制を原発ファシズムとまで断言する。その本質を非常にわかりやすく示してくれる。

一方内山節さんの「ローカリズム原論」は直接震災や原発に言及するものではない。よく感じるのは今の社会のあり方に自省的でお金よりもどう生きるかを大事に考える人(だいたい原発はやめようと言っている)と、今の閉塞状況を打破するためには経済成長がまず条件だという人(だいたい原発を容認している)の埋めがたい違いがある。

よく言われるのは現在の利便性を維持できるのかということだが、裏返せばそれを獲得したにもかかわらず、格差の拡大やコミュニティの崩壊が深刻に語られる現実がある。では何を失ったのか内山節は過去に学びながら新たな共同体を自らの実践から提示する。それは端的に言えばお金に換算できない人と自然と過去(死者)のつながる東洋的、日本的世界観であり、多層で有機的なつながりなのだ。

問題を指摘し語るものは多いが、ではどうするかという時にこれからの選ぶべき方向性をよく示してくれている。

「犠牲のシステム 福島・沖縄」「春を恨んだりはしない」2012/05/12

手に取る本もやはり震災や原発に関するものが多くなる。

高橋哲哉「犠牲のシステム 福島・沖縄」は差別の構造から犠牲のシステムがいかに作られ機能し日本の近現代を形作ってきたかを、福島と沖縄を通して福島に生まれ育った哲学者が読み解く。

「春を恨んだりはしない」の池澤夏樹は、副題に震災をめぐって考えたこととあるように、看取られることなく突然になくなったたくさんの、ひとりひとりの死のありようから語り始め、現場を訪れ揺れ動く気持ちを吐露するように綴られる。自身あとがきに「作家になって長いが、こんな風に本を書いたことはなかった」と書いている。また物理の徒として原子力の本質的な不可逆性、私たちの日常、原子レベルの世界と、その下の原子核と素粒子にかかわる世界の本質的な違いを語り、エネルギーの未来を考える。

語り口、切り口ははずいぶんと違うけれど、そうではないだろうかと感じていたようなこと、あるいは自分が立っている場所をわかりやすく示してくれる。ではこれからどうするのか、その気持ちや思いを後ろから支えてくれるような2冊だ。

「またやって来たからといって/春を恨んだりはしない/例年のように自分の義務を/果たしているからといって/春を責めたりはしない

わかっている わたしがいくら悲しくても/そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと

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ヴィスワヴァ・シンボルスカ「眺めとの別れ」から(沼野充義訳「終わりと始まり」未知谷